震災から2週間が経ちました。
みなさんいかがお過ごしでしょうか?
首都圏では計画停電が行われています。
幸運な事に僕の住まいも職場も計画停電対象外の場所にあります。
それでもみんなが我慢しているんだからと思い
消費電力は最小限に押さえています。ささいな事ですけど。
今も死者、不明者合わせて2万人を超えるといわれています。
また復興には10年以上かかるといわれていますし
経済損失は25兆円にものぼるそうです。
現在も多くの人達が苦しんでいます。
こういうとき僕達デザイナーって無力だなぁと感じてしまいます。
インテリアデザイナーにできることってなにもないような気がします。
もちろん復興に向けて動き出した時に
いくらかの需要はあるかもしれませんが
今現在死の淵に立たされている人達にとって
デザインなんて1mmの価値すらないもんです。
だから
経済発展のために!とおこがましい事は言えませんが
目の前の仕事を淡々とこなしていくことしかできません。
それは震災とは関係のないところで、です。
ちょっと歯がゆいですが、それが事実です。
でもそんな仕事っていっぱいあると思うんです。
同じく、何もしてやれないって思ってる人はたくさんいると思います。
僕らの仕事は人の命を救えないし
困った人を笑顔にもできない仕事ですが
余計な電力を使わないとか
募金をしてみるとか、水を買い占めないとか
仕事じゃない部分で少しでも協力できれば、そう思います。
2011年3月25日金曜日
2011年3月18日金曜日
プロ野球界に物申す
みなさんその後いかがお過ごしでしょうか?
福島第一原発からの放射能汚染を危惧して
僕は田舎の福井に一時疎開しています。
現在も余談を許さない状況ですが
一刻も早く被災者のケアをして復興に向けて
日本人は頑張っていかなければならない状況です。
そんな中
プロ野球はセリーグの開幕が今月25日に決定しました。
野球ファンとしての僕の意見は「今は開幕するべきではない」です。
読売の渡辺会長の半ばごり押しで決定してしまいましたが
選手会、または国民の声ははっきりいってNOです。
今現在かなりの反対の声が挙がっています。
何が問題になっているかというと
第一には消費電力の問題です。
ナイターゲームを1試合開催すると約7000世帯の電力を消費するそうです。
関東地方は今や計画停電、または被災地への電力供給のために
市民が一丸となって節電しているところです。
関東地方には、東京ドーム、神宮球場、横浜スタジアムと3つの球場があります。
この時期にプロ野球を開幕するということは
大きな反発を生むことにつながるでしょう。間違いなく。
また各球団の言い分はこうです。
「プロ野球を開幕して一所懸命な姿を見せる事が被災者を元気づかせる事になる」
こんなものは被災していない人間にしか言えません。
被災者はどのようにして野球を観戦したら良いのでしょうか?
電気もないのに?テレビもないのに?
元気づけるなんておこがましいにも程があります。
小学生の発言にしか聞こえません。
もちろんプロ野球選手は野球をするのが仕事です。
それは被災しなかった我々が今日もお金を稼ぐために働くのとなんら変わりのない考え方です。
だったら各球団とも
「我々は野球が仕事ですから自分たちの利益のためにプロ野球を開幕します」こう言えば良いのです。
それは企業としての真っ当なあり方であり、よっぽど健全な気がします。
その気持ちを隠して被災地復興を語るとは偽善以外のなにものでもないのです。
但し、前述の通りナイター開催はあまり現実的ではありません。
それだったら一旦は延期ということにしておいて
パリーグと足並みを揃えて来るべきときに開幕したらいいのです。
どうしても決行するというのであればデーゲームで開催していただきたい。
それから電光掲示板も使用しないでほしい。
また球場内の売店の金額を上げて、上げた分の売り上げを寄付してほしいです。
チケット代を高くしてしまうと球場にすら足を運んでもらえなくなってしまうので。
現在コンビニエンスストアをはじめとして
いろんな企業やショップが節電に協力的な姿勢を示しています。
こんな時だからこそ力を合わせなければならないのではないでしょうか。
世の中の人はみんな野球が好きな訳ではないのですから。
デザインと全く関係のない話題になってしまって申し訳ありません。
どうしても黙っていられなくて今回のお題とさせて頂きました。
福島第一原発からの放射能汚染を危惧して
僕は田舎の福井に一時疎開しています。
現在も余談を許さない状況ですが
一刻も早く被災者のケアをして復興に向けて
日本人は頑張っていかなければならない状況です。
そんな中
プロ野球はセリーグの開幕が今月25日に決定しました。
野球ファンとしての僕の意見は「今は開幕するべきではない」です。
読売の渡辺会長の半ばごり押しで決定してしまいましたが
選手会、または国民の声ははっきりいってNOです。
今現在かなりの反対の声が挙がっています。
何が問題になっているかというと
第一には消費電力の問題です。
ナイターゲームを1試合開催すると約7000世帯の電力を消費するそうです。
関東地方は今や計画停電、または被災地への電力供給のために
市民が一丸となって節電しているところです。
関東地方には、東京ドーム、神宮球場、横浜スタジアムと3つの球場があります。
この時期にプロ野球を開幕するということは
大きな反発を生むことにつながるでしょう。間違いなく。
また各球団の言い分はこうです。
「プロ野球を開幕して一所懸命な姿を見せる事が被災者を元気づかせる事になる」
こんなものは被災していない人間にしか言えません。
被災者はどのようにして野球を観戦したら良いのでしょうか?
電気もないのに?テレビもないのに?
元気づけるなんておこがましいにも程があります。
小学生の発言にしか聞こえません。
もちろんプロ野球選手は野球をするのが仕事です。
それは被災しなかった我々が今日もお金を稼ぐために働くのとなんら変わりのない考え方です。
だったら各球団とも
「我々は野球が仕事ですから自分たちの利益のためにプロ野球を開幕します」こう言えば良いのです。
それは企業としての真っ当なあり方であり、よっぽど健全な気がします。
その気持ちを隠して被災地復興を語るとは偽善以外のなにものでもないのです。
但し、前述の通りナイター開催はあまり現実的ではありません。
それだったら一旦は延期ということにしておいて
パリーグと足並みを揃えて来るべきときに開幕したらいいのです。
どうしても決行するというのであればデーゲームで開催していただきたい。
それから電光掲示板も使用しないでほしい。
また球場内の売店の金額を上げて、上げた分の売り上げを寄付してほしいです。
チケット代を高くしてしまうと球場にすら足を運んでもらえなくなってしまうので。
現在コンビニエンスストアをはじめとして
いろんな企業やショップが節電に協力的な姿勢を示しています。
こんな時だからこそ力を合わせなければならないのではないでしょうか。
世の中の人はみんな野球が好きな訳ではないのですから。
デザインと全く関係のない話題になってしまって申し訳ありません。
どうしても黙っていられなくて今回のお題とさせて頂きました。
2011年3月13日日曜日
地震
まずは被災者の方達にお見舞い申し上げるとともに
亡くなられた方達のご冥福をお祈り致します。
また現在、救助、支援にあたられている方、医療関係の方、本当にお疲れ様です。
みなさんは大丈夫でしたか?
僕は大丈夫でした。
11日の14時半すぎ
僕は事務所にひとりでいました。
最初グラグラきたとき、東京でよくあるいつもの震度1,2程度の地震かと思いました。
その瞬間、ミシッという音とともに激しい揺れに襲われました。
僕はすぐさまデスクの下に潜り込みました。
それでもあまりにも激しい揺れに身体がデスクの外に放り出されそうでした。
デスクや棚からは次々と物が落ちてきて、ただ事ではないと感じました。
ついに東京に大震災が来た!と思いました。
建物がゴムかコンニャクみたいにフニャフニャな感覚に襲われました。
僕は吐き気を催しました。
外は非常用のサイレンが鳴っています。悲鳴も聞こえます。
揺れがおさまった時に僕はベランダに出て外部の様子を確認しました。
室内に戻るとまた同じくらいの大きさの揺れがやってきました。
デスクの下で僕は生きた心地がしませんでした。
その揺れも納まり、僕はすぐにテレビをつけました。
すると震源地は東北の三陸沖とのこと。
宮城県や岩手県では比較にならない揺れに襲われている事実に僕は愕然としました。
すぐに携帯で妻に電話しました。が、繋がりません。
次に事務所の固定電話から実家に電話して家族に無事を伝えました。
どうしても郵便局に行かなければならなかったのでバイクを飛ばして郵便局へ。
そしてこんな日に限ってガスの元栓を閉め忘れていたのでそのまま自宅へ直帰。
戻ってガスの元栓を閉め、飼っている猫の安否を確認。
作業が残っていたので事務所に戻ろうかとも考えましたが
余震が続いている事と、猫が心配な事を考えて自宅にいることにしました。
テレビで震災の情報をチェックしていたのですが
本当に信じられない悪夢のような事が起きている事にただただ言葉を失いました。
ほどなくして携帯のインターネットで妻と連絡がとれました。
羽田空港近辺に勤務している妻は都内の交通網がマヒして帰れないとのこと。
僕は終業時間に合わせてバイクで迎えにいくことにしました。
バイク歴も今年で8年目になりますが、この日ほどバイクに乗ってて良かったと思ったことはありません。
都内はどの主要道路も渋滞。
歩道には電車で帰れない人々で溢れています。
それは花火大会で見るような混雑状況でした。
それでも僕はバイクなのでそこまで渋滞も関係なく妻の会社へとたどり着きました。
こんな日に限って僕の父親が出張で東京に来ていました。
夜は妻も含めて港区で父と食事をする約束をしていました。
相変わらず携帯は繋がらないので公衆電話から父の宿泊先に電話しました。
フロントで数分前にチェックインを済ませ、外出していったと聞いて
安否だけでも確認できたし、もう約束の時間もとうに過ぎていたので
僕達は自宅にそのまま戻る事にしました。
それ以降は余震に備えて倒れてくる危険性のあるタンスのある寝室ではなく
リビングの方で寝ていますし、部屋の中にバイクのヘルメットも常備しています。
東京でもこんなに怖い思いをしたのに
被災地の方達はもっと大変だろうと思います。
それに多くの方が亡くなられていると聞いて心が痛みます。
僕の友人達の安否も少しずつわかってきました。
福島に住んでいる友人夫妻は無事。
福島出身の友人の家族も全員無事。
その友人の親戚の方は、津波に家を飲み込まれてしまったそうですが
本人達は避難して命は助かったそうです。
その他茨城の友人や仙台の友人達からも無事との連絡を受けてひと安心でした。
僕の田舎は福井県といって
阪神大震災の時に震度5を記録した場所です。
当時僕は東京に出てきていたのでそれを体験しておらず
今回が初めての大地震の体験となりました。
そんな田舎の大切な友人のひとりが消防士なんですが
「緊急消防援助隊」として、夕べ壊滅状態の岩手県、陸前高田市へと出発していきました。
これから救助作業等にあたるみたいです。
少しでも多くの人達の支えになってあげてほしいし、無事に戻ってきてほしいです。
彼だけでなく、全国やまたは海外から救助や支援として
多くの方達が各被災地へ駆けつけてくれているみたいで
そんな彼らの勇敢な姿勢にはただただ頭が下がる思いです。
僕にはなにも手助けはしてあげれませんが
せめて多くの人達の無事を祈る事で、その思いが被災地に届いてくれればと思います。
またみんな笑って暮らせる日が戻る事を願って。
亡くなられた方達のご冥福をお祈り致します。
また現在、救助、支援にあたられている方、医療関係の方、本当にお疲れ様です。
みなさんは大丈夫でしたか?
僕は大丈夫でした。
11日の14時半すぎ
僕は事務所にひとりでいました。
最初グラグラきたとき、東京でよくあるいつもの震度1,2程度の地震かと思いました。
その瞬間、ミシッという音とともに激しい揺れに襲われました。
僕はすぐさまデスクの下に潜り込みました。
それでもあまりにも激しい揺れに身体がデスクの外に放り出されそうでした。
デスクや棚からは次々と物が落ちてきて、ただ事ではないと感じました。
ついに東京に大震災が来た!と思いました。
建物がゴムかコンニャクみたいにフニャフニャな感覚に襲われました。
僕は吐き気を催しました。
外は非常用のサイレンが鳴っています。悲鳴も聞こえます。
揺れがおさまった時に僕はベランダに出て外部の様子を確認しました。
室内に戻るとまた同じくらいの大きさの揺れがやってきました。
デスクの下で僕は生きた心地がしませんでした。
その揺れも納まり、僕はすぐにテレビをつけました。
すると震源地は東北の三陸沖とのこと。
宮城県や岩手県では比較にならない揺れに襲われている事実に僕は愕然としました。
すぐに携帯で妻に電話しました。が、繋がりません。
次に事務所の固定電話から実家に電話して家族に無事を伝えました。
どうしても郵便局に行かなければならなかったのでバイクを飛ばして郵便局へ。
そしてこんな日に限ってガスの元栓を閉め忘れていたのでそのまま自宅へ直帰。
戻ってガスの元栓を閉め、飼っている猫の安否を確認。
作業が残っていたので事務所に戻ろうかとも考えましたが
余震が続いている事と、猫が心配な事を考えて自宅にいることにしました。
テレビで震災の情報をチェックしていたのですが
本当に信じられない悪夢のような事が起きている事にただただ言葉を失いました。
ほどなくして携帯のインターネットで妻と連絡がとれました。
羽田空港近辺に勤務している妻は都内の交通網がマヒして帰れないとのこと。
僕は終業時間に合わせてバイクで迎えにいくことにしました。
バイク歴も今年で8年目になりますが、この日ほどバイクに乗ってて良かったと思ったことはありません。
都内はどの主要道路も渋滞。
歩道には電車で帰れない人々で溢れています。
それは花火大会で見るような混雑状況でした。
それでも僕はバイクなのでそこまで渋滞も関係なく妻の会社へとたどり着きました。
こんな日に限って僕の父親が出張で東京に来ていました。
夜は妻も含めて港区で父と食事をする約束をしていました。
相変わらず携帯は繋がらないので公衆電話から父の宿泊先に電話しました。
フロントで数分前にチェックインを済ませ、外出していったと聞いて
安否だけでも確認できたし、もう約束の時間もとうに過ぎていたので
僕達は自宅にそのまま戻る事にしました。
それ以降は余震に備えて倒れてくる危険性のあるタンスのある寝室ではなく
リビングの方で寝ていますし、部屋の中にバイクのヘルメットも常備しています。
東京でもこんなに怖い思いをしたのに
被災地の方達はもっと大変だろうと思います。
それに多くの方が亡くなられていると聞いて心が痛みます。
僕の友人達の安否も少しずつわかってきました。
福島に住んでいる友人夫妻は無事。
福島出身の友人の家族も全員無事。
その友人の親戚の方は、津波に家を飲み込まれてしまったそうですが
本人達は避難して命は助かったそうです。
その他茨城の友人や仙台の友人達からも無事との連絡を受けてひと安心でした。
僕の田舎は福井県といって
阪神大震災の時に震度5を記録した場所です。
当時僕は東京に出てきていたのでそれを体験しておらず
今回が初めての大地震の体験となりました。
そんな田舎の大切な友人のひとりが消防士なんですが
「緊急消防援助隊」として、夕べ壊滅状態の岩手県、陸前高田市へと出発していきました。
これから救助作業等にあたるみたいです。
少しでも多くの人達の支えになってあげてほしいし、無事に戻ってきてほしいです。
彼だけでなく、全国やまたは海外から救助や支援として
多くの方達が各被災地へ駆けつけてくれているみたいで
そんな彼らの勇敢な姿勢にはただただ頭が下がる思いです。
僕にはなにも手助けはしてあげれませんが
せめて多くの人達の無事を祈る事で、その思いが被災地に届いてくれればと思います。
またみんな笑って暮らせる日が戻る事を願って。
2011年3月8日火曜日
図面
こんにちは。
まだまだ寒い日が続きますね。
いつになったら春はやってくるのでしょうか。
今日は僕の図面の書き方について話したいと思います。
これは現在計画中の高松の物件の図面です。
まだ計画中なので本当はこういうのは
あんまり載せちゃいけないんでしょうけど
まぁトイレの図面だし(笑)これだけどアップなので
今日は特別に載せちゃいます。
これは何のことはない展開図というやつなんですが
注目すべきは文字の表記のしかたです。
通常のデザイン事務所の書き方だと
例えば壁面クロス貼りだったら
「PB12.5下地の上 クロス貼(品番/メーカー)」
と書いて絵から直接引き出し線を引っ張って
表記するのが普通じゃないかと思います。
だけどうちは違います。
全てアルファベットで表記します。
図面の端に一覧表を作って
そこを見ればなんの仕上になっているかわかるようにしてます。
なぜこうするかというと
あまりにも図面が文字だらけでゴチャゴチャしてしまうからなんですね。
だったらシンプルに見せてあげようじゃないかと。
確かにこれは工事をする職人さんからしてみれば
こっち見てあっち見てと大変かもしれません。
しかしこの方が絶対的に図面が綺麗に見えます。
また結果的にいえば設計的、施工的にもミスが少なくなると思うし
なにより修正も非常に簡単です。
建築の世界ではこういう書き方をする設計事務所も多いと聞きます。
僕達はもちろん良いお店や建物を作らなければいけないわけですが
デザイナーとしてこういう図面の書き方もまだまだこだわりを追求したいと思います☆
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